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インタビューinterview

2026.06.04

「絶対に継がない」つもりだった家業。社員と対話を重ね、一人一人が輝く「奇跡のチーム」への変革

日本のジュエリーの聖地・山梨県甲府市。ジュエリー工房「株式会社ジェムス」は、カリスマ職人・佐々木徳さんにより50年の長きにわたりハイクオリティなジュエリーを生み出してきました。そのジェムスを2025年3月に継いだのが、佐々木さんの娘・西美津江さんです。その後わずか3カ月で父が他界するという激動の中、西さんは20年以上続いた赤字を解消し、社員一人一人が輝く職場づくりを追求。この度「あとむすアワード2026」大賞を受賞しました。異業種から飛び込み、「ナカツギ」として伝統を守りながら組織を劇的に変容させた、その1年間の軌跡を伺います。

西さんがお父様の跡を継いでからわずか1年しか経っていないとのことですが、経緯を教えてください。

もともと私は、父の会社を「絶対に継がない」と決めていました。そもそも私には父のような職人としての才能はなく、職人になるつもりもありませんでした。そういう自分が職人の会社を継ぐなんてありえないと思っていましたし、経営者としての孤独や苦労を小さい頃から見てきたので、一生サラリーマンでいいと考えていました。また、父は素晴らしい技術を持つ一方で昭和的なトップダウン経営者。人を大切にするチームづくりを重んじる私とは正反対のやり方は合わないと思っていました。

ところが2024年、病床の父から「助けてくれ」と請われました。「絶対に継がない」つもりだったとは言え、いつかはそんな日が来るかもしれないと思っていましたが、私自身が筆頭株主であり取締役になっていた事実を知り、「そういう役割を担っているのであれば、それなりの責任がある。会社を続けるか決めるのは私だ」と覚悟を決めて入社しました。

でも、いざジェムスという会社と社員たちに向き合ってみたら、そこには確かな技術、誠実な社員、そして何よりも「ジュエリーを心から慈しむ姿」がありました。「なんだ、全部あるじゃないか」と思ったのです。この時、「一人一人の命が輝く会社にしたい」と考え、「ナカツギ(中継ぎ)になる」と決めました。自分の色に染めることではなく、次の世代へ手渡していくための存在であろうと決意したからです。

西さんが家業に入ってから、短期間で大きな業績改善が見られたとのことですが、どんな施策を行ったのでしょうか?

実際に入社してみたところ、製造業とはいえ大量に同じモノを効率よく作るのではなく、「多品種小ロット」かつ、オーダーメイドのような手間のかかる手仕事を中心とした体制でした。また、社員のほとんどが長年働いているベテランだったため、その人しかわからない業務が多く、それぞれが良かれと思って部分最適化を重ねていました。その結果、全体を見てみると非常に複雑な状況になっていました。 なんとかシンプルにできないかと考え、まずは受発注からの流れを見える化していきました。誰が何をいつやっているのか全員でマップを作り、不要な業務を見つけて削減した結果、より少ない工数でより丁寧な仕事ができるようになりました。同時に整理整頓を行うことで不要なものを削る基準ができ、それぞれの判断もシンプルになっていきました。

次に手をつけたのは価格設定です。CAD技術やマイクロスコープで繊細な作業を追求しているのに、価格は10年前から据え置きで、作れば作るほど赤字になる商品もありました。原材料費高騰も重なり、このままでは会社が持ちこたえられない状態でした。 理由を聞いてみると、OEMの製造業である以上、値上げによる失注を恐れて長年踏み切れずにいたようでした。でも、「会社が潰れてしまったら、信頼してくださるお客様に対して一番申し訳ない」と考え、作業の難易度を時間で算出し、グレードに合わせた適正な価格設定やさまざまなデータを分析して交渉に臨みました。すると、弊社でしかできない技術をしっかりと評価してくださり、お互いにベストな価格で着地できました。きちんと背景を伝え、お互いにとって大切にしたいことについて対話を重ねる重要性を強く実感した出来事でした。

ジェムスの作るジュエリーのすごさ、徹底した仕事ぶりについて教えてください。

 ジェムスでは、例えばダイヤモンドを留める際、石の大きさや形に合わせて地金の爪の向きや角度を細かく揃え、1ミリ以下の精度で石留めを行う「マイクロセッティング」を行います。すべての表面を同じ高さと方向に揃えることで、宝石本来のなめらかな輝きを最大限に引き出すことを追求しています。これには通常の10倍の時間と手間がかかります。また、通常は磨かない石留め枠の内側まで丁寧に磨くことで、光を美しく反射させます。この圧倒的な輝きと、身につけた時のなめらかな肌触りがジェムスのジュエリーの大きな特徴です。お客様が「リフォーム前のものと同じダイヤですか?」と驚かれたり、涙を流して喜ばれたりする瞬間は、「丁寧に作ったものはちゃんと伝わる」と実感します。

また、デザイナー自身がCADオペレーターを兼ねており、職人との距離が近いことも特徴です。デザインと開発が分業化されて細かいニュアンスが伝わらない現場もある中、弊社ではデザイナーから仕上げの職人まで一貫して関わるため、イメージ通りのものを作ることができます。小規模だからこその大きなメリットだと思っています。

そのような徹底した仕事ぶりはお父様が築いてきたものなのでしょうか?

そうですね、ジェムスにとって父のアイデアや技術力はとても大きかったと言えます。「100年後も残るジュエリーを作りたい」と妥協せず作ってきた姿勢は、職人たちにしっかりと受け継がれています。効率重視の経営から見たら、「とてもじゃないけどやっていられない」と思われるでしょうね(笑)。 利益だけを優先するなら「外から見てキレイであればこのぐらいでいい」と思ってしまいますが、ジェムスではそうしない。見えない部分まで丁寧に作り込んだものこそが、100年先まで残る価値を持つと信じています。

例えば、私たちは20倍 の マイクロスコープで製造から検品まで行っています。肉眼では見えない世界ですが、そこまでこだわることで、単なる物質を超えた「品格」のようなものが立ち上がってくる。それこそが「手をかけた品質」だと思います。 それが「ジェムスなら確実にいいものを作ってくれる」というお客様の信頼につながっています。「同じショーケースに入っていても、ジェムスさんのものは光る」と言っていただけること。それこそが、厳しかった父が貫いてきたホンモノの品質です。それを守っていくことが、私が担う役割であると思っています。

あとむすアワードの受賞理由に、社員と「対話」を重ねることから社内改革をスタートさせた点が挙げられていますね。

 長年トップダウンだった組織、ましてや「口を開くよりも手を動かせ」という父の方針のもとでやってきた職人さんたちに、いきなり「自分の意見を言ってください」というのは難しいだろうと思いました。もとより、お互いをしっかり知るということは何よりも大事だと、前職でのさまざまな経験から私は確信していました。 そこで最初は、ゲームのようなものから始めていきました。お互いの価値観や、これからやってみたいことなどを共有する中で、長年一緒に働いてきたのに初めて知ることも多く、「そうだったんだ!」と驚いたり、「みんなのことを知ることが出来てよかった」という温かい空気が生まれたりして、次第に会社の雰囲気も良くなっていきました。 行動の奥には、その人が大切にしている価値観があります。それを知らないと、表面的な言葉だけで判断して「良い・悪い」を決めてしまったり、余計な気苦労を使ってしまう。でも、お互いを知ることで「だからそう言っているのか」と深いところで理解でき、本音で意見を交わせる関係が育っていきます。

対話を続けることで社員の皆さんに変化は見られたのでしょうか?

 対話と言っても、難しいことをしているわけではありません。 毎週「今週は何を計画して、何が実践できて、そこから何を学んで来週どうするのか」という振り返りを行っています。とはいえ最初からうまくいったわけではありません。最初は話すことがないと言っていた人も、他の人の振り返りを聞くことで、次第に「同じ1週間を過ごしてきたけれど、そんなことを考えてやってきたんだ」とお互いの仕事観に関する理解とリスペクトが生まれてきました。

これまでは自分の考えを話すことや、他者の考えを聞く機会がなかっただけでした。内省の習慣が身につき、それがチームに還元されていくと、一見失敗やミスに思えることが業務を見直すヒントや全体への問題提起になり、新しい改善につながるようになりました。すべてを「糧(かて)」にしていく風土になり、失敗を恐れて足がすくんでしまうということがなくなりました。

対話による変化は、日々の業務の中でも実感しています。今年は年明けすぐから、例年の1.8倍の受注に直面しました。対応するには人の力で改善するしかありません。そこで、今まで一人が担っていた役割をあえて細分化し、得意な人が得意な工程を担う体制づくりにチャレンジしました。また、納期を意識できるように工場内に大きな「カンバンボード」を作成し全員で確認しながら進めたり、新しい棚を作ってどこに何の仕掛品があるのか見える化をしたところ、1ヶ月あたり100時間の作業時間を短縮できました。そして残り2ヶ月を残して前年の売上を超えることが出来ました。これらはすべて、社員たちが協力して創意工夫してくれた結果です。怒涛の1年を経て気づいたら「奇跡のチーム」になっていました。私がしたのではなく、一人一人の輝きが重なりあってそうなっていったのだということが何よりうれしいです。

女性経営者として、また二拠点生活での悩みはありますか?

一番驚いたのは、中小企業の場合は社内業務を「全部社長がやらなければならない」ということでした。大企業なら当たり前のように担当部署がありますが、中小企業は圧倒的にリソースが不足しています。だからこそ、自分が何がわからないのかを自覚して、公的な支援機関や専門家、社外ブレーンなど「困ったらあの人に聞いてみよう」と相談できる環境を作ることが、すごく大事だと思います。

二拠点生活という点では、娘が不登校だった時期もあり、そばにいられないもどかしさや不安を抱えていました。そんな中、昨年ジュエリーツーリズムにスタッフとして参加した娘は、職人の仕事を間近で見て興味を持ってくれたのか、この春からジュエリー職人の学校に通っています。私には受け継がれなかった職人の細かさや器用さは、しっかりと娘に引き継がれていました。「モノづくりが楽しい」と目を輝かせる娘の姿を見て、天国の父も、きっと喜んでくれていると思います。

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