跡取り娘.com

インタビューinterview

2021.02.17

“跡取り娘”の切符は、人生のご褒美!
葛藤の末に知った、社員とファインの愛し方

跡取り娘インタビュー
Vol.19 ファイン株式会社 代表取締役 清水直子さん

毎日の暮らしに欠かせない歯ブラシ。口腔ケアの重要性は知られるところですが、歯磨きを覚えたての幼児や高齢者など、社会的弱者の口腔ケアには、細やかな商品対応・デザイン性が欠かせないといいます。
「歯を磨く」ことは、「全身の健康管理をすること」だと語る清水直子さんに、ご自身の事業承継や社員マネジメント等について、伺いました。

本社にて、SDGs製品の竹の歯ブラシを手にする清水さん

―家業に入るまでのことを、お聞かせいただけますか?

清水さん:英語が好きで、短期大学で英語等を学んだ後、卒業後は神田にある貿易会社に就職しました。バブル全盛期で売り手市場、周りの女子大生の多くは大手企業に就職を決める中、母に「今更、直子がブランド志向も無いでしょう(笑)」と言われたこともあり、地に足を付けた選択をし、貿易事務や秘書業務を中心に、とても楽しく仕事をしていました。

そんな中、当社が、下請けで製造していた海外キャラクター歯ブラシの版権元と直接契約するとのことで、海外版権の申請書など英語が分かる人材が必要となり、「直子がいるじゃない」と白羽の矢が立ち、「ファインに入ってくれ」となりました。

小さい頃から進んで家業の手伝いをしており、ファインのことを良く知っていたし、好きでした。裏腹に、貿易会社での勤務も楽しく辞めたくない気持ちが募りましたが、約2年で退社、家業に入りました。当時、父が社長で母は共同経営者、当時の義兄が承継予定で入社しており、私は事業承継の候補者ではありませんでした。

―入社されてから、どのような想いで家業に携わっていらしたのでしょうか?また、社長に就任された時、どのようにお感じになりましたか?

「清水家を継いで会社も継ぐなんて無理だ」と義兄はファインを辞め、姉とも別れました。
父の右腕も辞めてしまい、その後、私が27歳の時、父は癌で他界しました。父が社長の時代は、女性に良妻賢母を求め、母も共同経営者とはいえ父を立てていました。父は晩年、「自分はあまり社長に向いてなかった。和恵(母)がやれば良かった…」と口にすることがありました。業績はどんどん伸びていましたが、経営の楽しさと苦しさと、父はその両方を感じていたのだと思います。

父が亡くなる半年ほど前に、結局、母が社長を継ぎました。急に女所帯になった不安と、職場と家とずっと母と一緒で、親子というより24時間仕事モードな気がして、どこか心休まらない日々でした。

27歳で取締役になってからは、責任感も感じ、血気盛んで生意気ばかり言っていました。「会社のためを思って言っているのに!」と、周囲の理解が足りないと不満で、可愛がられていたのに親に愛されている実感が持てず、自分が嫌い、人も嫌いで、週に2~3回は泣いては、ストレス症状が顔に出てしまうようになり…。30代半ばまでは、会社は嫌いじゃないけど、どう愛したらいいのかがわからない、そんな状況でした。

そこから抜け出したいと、家業で共に働く姉やカウンセラーとの関りの中で、周囲への過剰な期待と苛立ちがストレスの原因と分かり、他人への言葉は「あなたのせい」ではなく、「あなたのお陰」に変える等、自分と向き合い、身にまとった厚い殻=私の中の固定概念を少しずつ剥がしていきました。

そうやって36歳で副社長になった時には、本来の朗らかな自分を取り戻し、顔のストレス症状も出なくなり、やる気に溢れ、心も体も軽やかになりました。他人が何かをしてくれないと苛立つことも無くなり、自分の幸せと向き合えるようになりました。

その後43歳で社長に就任した途端、何をすれば良いのか急に分からなくなり、オロオロしてしまいました。一方で、昨日までと変わらない社員たちが頼もしく感じられて、社員に対する信頼と感謝、愛情が増しました。社長になった緊張は3年ほど続きましたが、「社員にも幸せになってほしい」と心から思えるようになれたことで、社員を大切にしていた先代=母の目線に近づけた気がして、何より嬉しく感じました。

清水社長は三姉妹の末っ子。向かって右から2人目が清水社長。

―自分も社員も心から愛せる、そんな気持ちに行きつかれたのですね!社員愛を、社員マネジメントでどのように具体化されていますか?また、跡取り娘ということで、周囲の反応はいかがでしたか?

私自身、会社の愛し方が分からず苦しんだ経験から、「どうやったら、会社や周囲への愛情表現をしやすくなるか」を考えました。

まず、公私を問わず自分の褒めてあげたいところを、プレゼンテーションし合う場を設けました。例えば、「僕が毎朝5時起きで家の前を掃除し始めたことがご近所に広がり、早朝のお掃除習慣に繋がった」と話した男性社員がいました。良い面を知ると、人物評価が上がります。それを重ねていくうちに、社員間のマイナス評価を聞かなくなり、会社の雰囲気が良くなりました。

「人間的に好き」が職場のコミュニケーションでも重要です。根底でお互いを認め合えるようになると、「私はあの人と組む仕事は嫌だ」が無くなり、仕事上の配置や依頼がしやすくなりました。

すると、以前は誰かが遅くまで残っていても「私の仕事でない」だったのが、ごく自然に「手伝うよ」の言葉が聞かれるようになりました。それは、本社と工場との連携でも同様です。例えば「今日は工場の事務がお休みなので、本社がやります」とか、その逆もあります。

そういったことが社風として根付き、今、チームワークが凄く良いです。特に女性社員は「5時には退社したい!」という時間制限があるので、皆で協力して効率的に仕事をしています。

跡取り娘の私に対する周囲の反応は、承継の様子にテレビ取材が入ったこともあり、とても好意的でした。社員も、展示会でお客様に声をかけてもらうことが増えたと、喜んでくれました。製造業の跡取り娘は圧倒的に少なく、注目して頂けたことが有難かったです。

本社の皆さんと

―歯ブラシにも様々なニーズがあるそうですね。詳しくお話しいただけますか?

マス向けの歯ブラシはどれもどこか似通っていて、“ネタ切れ”を感じます。私が社長に就いた際、特に不安だったのは、“ネタ切れ”なのに、「どうやって新商品を作ればいいのか」という点でした。そこで、雑品扱いの歯ブラシ作りから思い切って介護や医療の分野へシフトしました。
医療分野の歯ブラシに特化するため、歯科衛生士をお呼びして、社員みんなで歯のことを勉強し、
歯のことを深く知らずに歯ブラシの製造をしていたことに気付きました。

医療の分野では「普通の歯ブラシでは使いづらい」という方が沢山おられて、そこに多様なニーズがあります。歯のことが良く分かってくると、「歯周病に良い歯ブラシを提案してください」というように、「歯ブラシ製作のコンサルタント」として当社が企画、デザインから製造までを受け持つようになりました。歯ブラシは、実際に口に入れてみないと感触がわからないデリケートな商品で、奥が深く、面白いと感じています。

現在、当社の製品は、社会的弱者が対象の商品が中心となっており、例えば、ご高齢者向けにパッケージの文字を大きく、ベビー向けにはお母様目線で原材料を表記する等の対応や、「こんな形の製品を作りたい」という個別のご要望・ご相談に細やかに対応しています。

―清水さんのパートナーは社内デザイナーとしてご活躍とお聞きしています。製品開発の面で心強いですね。

私自身は、カリスマ社長だった母と違い、「0からの商品企画には向いていない」ので、私が社長になってからはデザインができるスタッフを重点的に採用してきました。
その一人目が、当時個人事業主だったパートナーで、当社の心臓部である商品企画で、デザインを担当しています。ですが、仕事の幅を広げる多様な経験が将来生きてくると考え、現在も個人事業主として他社の依頼も受けつつ、当社の仕事も担当しています。

伊賀工場の皆さんと

―今後の事業展開をどのようにお考えで、どのような取り組みをされていますか?

本社では、開発スタッフと、ラボの機械や試験機を充実させ、若い世代や女性のアイデアを更に取り入れ、ものづくりをもっと自由にスピーディにできるよう取り組んでいきたいです。

企画会議は女性スタッフが中心です。大手雑貨店ですごく評判が良くファンも多いスヌーピーの歯ブラシは、「好きなものを作ったら」と信頼して若い女性デザイン担当者に任せています。
私は、敢えて企画にはタッチせず、「10年先も稼げる仕事の企画や事業」を考えることに注力しています。採算は取れるかなど、財務面は私の役割です。

注目を集める“竹の歯ブラシ”は代表製品ですが、材料の開発やリサイクルなど、本社と工場のどちらの拠点でもSDGsの項目において10年後の目標を立て、多角的に取り組んでいきます。

―最後に、跡取り娘の皆さんへのメッセージをいただけますか?

私たち女性に限ったことではありませんが、人それぞれに何かしら人生のご褒美が用意されています。それらを素直に喜んで受け入れられる“心の下地作り”をするといいですよ。私自身の30代前半の経験からそのように思います。

そして、“跡取り娘という切符”は、限られた人への“特にスペシャルなご褒美”だとお伝えしたいです。事業承継は、譲る側、譲られる側にも勇気が必要とされますが、是非経営のバトンを跡取り娘の皆さんに繋いでいってほしいです。

社長になった時には、会社の将来はどうなっているか分からないし、果たして10年後も社員を想う発言ができるかどうかも分からないと思っていました。

ですが、社長に就任して11年目に入りましたが、良いことばかりではありませんが、経営は楽しく、拡大志向ではないけれど、社員愛は更に深まり、楽しい職場づくりをしたい、自社製品で世の中の役に立ちたいという想いも変わらず持ち続けています。社員と会社を愛し続けられる自分を、自分で褒めてあげても良いかな?と思ったりしています。

趣味のオートバイでスペインツーリングの際のワンショット

インタビューアー 
跡取り娘ドットコムパートナー 丸山祥子

執筆・編集
跡取り娘ドットコムパートナー 小松智子

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