跡取り娘インタビュー Vol.13 ホッピービバレッジ株式会社 代表取締役 石渡美奈さん(後半)
今回は後半。創業100周年の年に3代目社長に就任し、一時は8億に落ち込んだ売り上げを5倍の40憶に伸ばした、ホッピーミーナこと石渡美奈さんに、経営者としての成長から、今後の展望について、赤坂のホッピービバレッジ株式会社本社にて伺いました。
ホッピービバレッジ株式会社
大変だけれども手を抜かず、日々の経営と学びに全力で向き合う
小松:入社してから今までを振り返って、ターニングポイントというべき出来事がありましたか?
石渡:ターニングポイントがあったというより、竹が節を作りながら成長していくように、いくつかの成長期が一つひとつ繋がってここまできているように思います。私は周囲に恵まれていて、支えてくれる方、導いてくれる方に成長の節毎に出会えていると思います。
2003年、3代目を承継することが決まってからは、当時の師匠から全てのことを吸収するつもりで経営について学びました。そこでの学びは、現場の経験をベースとした経営学だったんですね。
一そうこうしているうちに次の学びを求めるようになり、長寿企業の研究をされている方から紹介されて、早稲田大学ビジネススクールに入学しました。そこで、寺本義也先生に出会い、仕事の傍ら、研究と学びに2年間を費やしました。その間に、ラリー・E・グレイナー氏が1979年にハーバードビジネスレビューに発表した論文「企業成長の節をどう乗り切るか」に記載されている企業の発展モデルに感銘を受ける等、学生時代とは異なる学びのなかで、ロジカル思考の重要性に気付きました。
ビジネススクールで学んだことを現場で実践することで、真に現場で使える実践的な経営力を養えること、学びは現場と融合させてこそ効果を発揮することを実感しました。他方、ロジック重視の危険性、現場経験の乏しい人が何でもかんでもフレームに頼って分析することの危険性も実感しました。また、今ではよく耳にするデザイン思考を、先駆けてその間に知りました。
そして、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科へ進み、前野隆司先生の下SDM修士課程を2016年に修了しました。
小松:実践と学びの二足のわらじを履いての生活は、非常に大変だったと思います。大変さを押してまで学ぶ姿勢に、経営に対する情熱を強く感じるのですが、その情熱はどこから来ていると思いますか?
石渡:そもそも、育った環境や私が持ち合わせている性格が影響していると思いますが、私はとにかく手を抜くことが出来ない性分なんです。でも、過去には、経営において、あの時手抜いたことが今この事態に繋がったと、悔やむ出来事が少なからずありました。その経験から学んだことは、常に全力で経営や物事に向き合えば、後にどのような結果に結びついたとしても、その結果を堂々と受けとめ、自信をもって次の意思決定ができるということです。手抜いた自分を後悔したくないのです。大変だけれども手を抜かず、日々の経営と学びに全力で向き合っています。
そして、経営のナンバーワンはひとつではないと思いますが、私のめざすナンバーワンになりたいという思いでいます。
既成概念の無い場所 新天地ニューヨークでの挑戦
小松:国内ビール業界についてどのようにお考えでしょうか。今後の戦略も合わせてお聞かせください。
石渡:国内ビール業界は、寡占市場ですよね。当社クラスの企業は少数です。国内でホッピーをお取り扱い頂いているお客様、愛飲していただいている消費者の皆さまを今後も変わらず大切にしていくこと、国内・特に東京が当社のマーケットであることからはブレません。一方で、当社の戦略のひとつとして、ニューヨークでのブランディングがあります。
ホッピービバレッジは創業114年、ホッピーは製造販売71年の歴史があります。特に関東圏では、「ホッピー」と耳にすれば商品を思い浮かべていただける知名度があります。その一方で、ブランドイメージが良くも悪くもしみついてしまっているところがあります。ですから、今のブランド力、ブランドイメージに甘んじてしまうと、ホッピーの市場はどんどん縮小していってしまうと思うんです。ホッピーにはもっと素敵な可能性があると私は思うのです。なのに、なかなか可能性を広げられない…。じゃあ、どうすればいいかというと、ホッピーへの既成概念の無い都市で新たなチャレンジをしていくことだと考えました。
既成概念の無い市場ならどこでも良いわけではなく、「その地でもホッピーが受け入れられているのね!」と、驚きをもってホッピーのブランド力が上がり、今までのホッピーのイメージを変えられる都市でなくてはならないのです。そこで候補として挙がったのが、パリ、ロンドン、ニューヨークでした。その中で、ニューヨークを選びました。既成概念の無い場所で何が出来て、どのように評価されるのか、非常にワクワクしています。
小松:事業承継にあたり、承継した企業では新しいチャレンジをしようとすると社内にコンフリクトが生じるケースが少なくありません。そこで、承継者を代表とする別会社をつくることで、承継者のアントレプレナー的チャレンジをしやすくするケースを目にしますが、それと共通点があるでしょうか?
石渡:非常に通ずるものがあると思います。私も、別会社の設立と別商品の開発という選択を考えたのですが、とにもかくにもホッピーというブランドイメージが強くて…。似たような商品を出すわけにもいかないですし、日本ではこの先の新しい展開が見えなかったので、ニューヨークでのチャレンジを決めました。
三代目ならではの革新的な承継を
私の印象では、二代目と三代目とでは、三代目の方が革新的承継をする可能性が高いと思います。三代目は隔世遺伝的に初代のDNAを受け継ぐとでもいうのでしょうか…。私の周囲の、三代目である多くの方々も同様の印象を持っています。
その理由として、二代目は創業の苦労を直接目にしているし、例えば社員との関係性において、子どものころ可愛がってもらい、自分が大人になる過程をよく知っている古参の社員やその子供たちと一緒に、承継後、仕事をしていかなければなりません。でも、三代目は古参の社員たちとの関係性は希薄になっていることが多いですよね。ですから、人事面でも思い切った決断ができるわけです。ファミリー企業の初代、二代目、三代目は、企業の発展過程において、各々役割があると思います。二代目は経営における「忍耐」が求められるというか…。わたしが二代目だったら耐えられなかったと思います(笑)。
ホッピービバレッジでは、二代目の父が、仕事で一番脂がのる時期に「忍耐」の経営をしてくれたおかげで、私のところに経営のバトンが回ってきました。そして、三代目にしかできない決断だということを認識したうえで私が、難しいながらも覚悟をもって大ナタを振って、負の遺産を断ち切りました。創業者から続いてきた良い遺産は遺し、負の遺産は思い切って整理する、例えれば、古い建物を取り壊して土地を掘り起こし瓦礫を取り除いて改めて更地にし、もう一度建物を建て直すような感じでしょうか。
創業から約90年掛けて、良くも悪くも積み上げてきたものを、二代目から三代目への事業承継に費やした約20年間で、よくここまで整理ができたなと、感慨深いものがあります。
小松:海外進出など、変革を伴う意思決定をするうえで、ファミリー企業の所有面は経営面に影響するでしょうか?
石渡:ファミリー企業の業績には、オーナー家の安寧安泰が大きく影響すると言われています。一族内でゴタゴタがあると、業績にも影響が出てしまいますよね。
当社では父が元気なうちに、所有と経営を一致させられたことは、ファミリー企業の強みを生かした経営をしていくうえで、非常に良かったと思っています
小松:会社の成長過程で、上場を考えたことがありましたか?
石渡:ファミリー企業の特徴を生かした意思決定を下せる、いい意味での自由さを手放したくないのです。それは、他人資本を入れて成長の機会を手にすることに優先すると考えています。
内山:今後、取り組んでいきたいことについて、お聞かせください。
社員にとって「入って良かったな」と思える会社、「ホッピーと携わって幸せだな」と思える会社、社員の家族の皆さんにとっても、「家族がホッピービバレッジで働いていて、本当に良かった」と思える会社にしていきたいと思っています。社員が同僚や上司との関わり合いのなかで幸せを感じられれば、社員の先にいる、お客様、消費者の皆さんも幸せになれると思うのです。親子何代にも渡りホッピーが愛される商品であれたら良いなと思います。取り組んでいきたいコンテンツは色々とあるのですが、全てのコンテンツは、そういう会社にしていくための手段に過ぎないのです。 もちろん、私が「楽しんで」取り組めていることが前提です。経営者の私が、楽しい顔をしていなければ、社員が仕事をしていて楽しいと感じられるはずがありません。
内山:最後に、跡取り娘の皆さんへのメッセージをお願いします。
石渡:「跡取り娘」というチケットは、稀少なチケットだということをお伝えしたいと思います。日本に企業が約400万社あるとして、経営者のチケットは日本にたった400万枚しかないのです。本当に限られたプラチナチケットで、その立場にない人は、手にしたくても出来ないチケットなのです。跡取り娘の方たちは、それを手に出来たのですから、非常に幸せですよね。そして、跡取り娘の方たちは、そのプラチナチケットを手に出来た、選ばれた立場にある人だとも言えます。
「跡取り娘」には、責任もあれば、大変なことも沢山あると思います。同じ立場にある皆さん同士、情報交換をし、信頼して相談しあえるような「場」(例えば青年会議所や、勉強会など)へ参加することをお勧めします。私は、同じ立場にある周囲のみなさんに恵まれ支えられていて、それは貴重な財産だと思っています。
今の日本では、いまだに、ビジネス社会は男性中心で、女性経営者はまだまだ少数です。跡取り娘のみなさんも、跡取り息子や男性経営者との処遇の違いに、違和感を覚えたり、不公平さを感じたりすることがあるかもしれません。でも、経営者という社会に対して影響力のある立場にあることを意識して、頑張って欲しいと思います。私も実業家の立場から、女性の活躍を後押ししていきたい、女性が働きやすい社会、女性も男性も幸せだと感じられる社会に変えていきたいと思っています。
インタビューアー
跡取り娘ドットコム 代表 内山統子
跡取り娘ドットコムパートナー 小松智子
参考文献:『ホッピーの教科書』(2010)石渡美奈 日経BP
参考資料:ホッピービバレッジ株式会社HP