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インタビューinterview

2021.02.17

林業の魅力を伝えたい!
経営で、山と人への想いをかたちに変えて

跡取り娘インタビュー
Vol.18 株式会社兵庫親林開発 代表取締役 兵庫泉さん

一次産業の中でも、特に男性社会のイメージが強い林業界。機械化、IT化が進んだことで、「林業女子」と呼ばれる若い世代の女性従事者が増えつつあるとはいえ、女性が事業承継するケースはそう多くありません。
2017年に株式会社兵庫親林開発を事業承継した兵庫泉さんは、お茶の栽培が盛んな静岡県島田市で、林業を営んでいます。
今回の跡取り娘インタビューでは、兵庫さんの事業承継の経緯、その経営や林業の魅力について、伺いました。

林内測量中の兵庫さん

家業に入るまでのことをお聞かせください。家業に入るきっかけはどのようなことだったのでしょうか?

兵庫さん:私は、静岡県島田市に生まれ育ち、高校卒業後は、山だらけの田舎を飛び出したくて親元を離れ、神奈川県で就職しました。悠々自適に過ごしていたところ、私が22歳の時に兄が急逝したため、退職し実家に戻ることにしました。
そして、地元の職業訓練学校でパソコン操作や商業簿記を勉強しなおして過ごした後、趣味が高じて新規オープンのスポーツ店に就職しました。当時は、家業を継ぐことを全く意識していませんでした。

26歳で結婚、パートナーが婿養子として家業に入り、私も同じく家業で経理を手伝うようになりました。“嫁に行く”ものとばかり思っていたのに話が急展開、何より両親が、家業を継いでもらいたいと望んでのことでした。

家業に入られていかがでしたか?パートナーと同時期の入社で、良い面、悪い面がおありだったのではないでしょうか。

入社当時はお茶栽培の兼業農家だったため、林業との二足のわらじで、経理・書類作成業務に育児が重なり、とにかく体力勝負の忙しい日々でした。そんな中、2010年には個人事業主の形態から法人化し、父が会長に就き、パートナーは社長を継ぎました。その頃、社員を季節雇用から常用にし、下請けの仕事だけでなく県の補助事業関係の仕事を積極的に受けるようになりました。

新しい事業分野へ参入していく過程で、父とパートナーとの意見の相違で私は板挟み状態になり、次第に会社の中も2つに割れていきました。パートナーは、私との結婚で急に世界が変わり、跡取りということでかなりのストレスがあったのでしょう。小さなことが色々積み重なって、家庭内の歪みが大きくなっていったように思います。

紆余曲折あり2017年、離婚を決意しました。パートナーは会社を辞め、私が社長を継ぎ、父は今も会長として、現役で私を支えてくれています。

静岡新聞の掲載記事。笑顔が印象的です。

家業では、ファミリーのこととビジネスのこととが影響し合いますね。そのような中、社長を継がれたことで、ご自身の中に何か変化がありましたか?

社長を継ぐまでは、やらされている感から親の言うことを素直に聞けない自分がいました。でも、 “会社の経営を自分がやる”と決めてからは、親の有難みや凄さを感じられるようになりました。改めて、父の技術力や母のサポート力を現場で目の当たりにし、両親のことをやっと理解することができました。そして、家業を通じて、父と母は私を育ててくれたのだと、感謝の気持ちが沸き上がってきました。

方や私といえば、社長を継ぐと決めたところで現場のことは何もわからなくて…。なるしかないと社長に就いたものの、「自分がいる意味ってなんだろう?」と模索しました。父のように、現場でトップダウンのリーダーシップを執れるわけもなく、これからの会社の方向性もどうしたらいいのか不安でいっぱいでした。

そんな折、社員から「現場は自分たちに任せてくれればいい。それ以外の地主交渉や現場プランニング等、やれることをやってくれれば、会社は大丈夫だから!」と言われ、社員と私の役割を認識できたことで、周囲の厳しい言葉も前向きな言葉掛けだと気付くことができました。悩みながらも社員とコミュニケ―ションを図ることで、会社の方向性も定まり、私の目指すところが明確になってきたように思います。

先日、兵庫親林開発のことを静岡新聞で取り上げていただいたのですが、反響が大きく、社長を継いだ私の背中を押してもらえた気がしました。

正直、結婚していた時は、婿養子になってもらったことで、パートナーとは夫婦として対等でなかったと思います。今、自分が経営を担うようになって、個人としての自信にもつながった気がします。 “自分自身に正直な私”になれたことで、自分らしく生きる事の大切さ、やりがいを感じています。社長としてはまだまだですが、自分の足で立つという感覚をようやく掴めた気がします。

跡取り娘の承継ということで、同業他社との違いはありますか?貴社の強みを教えてください。

当社は、山林で伐採した材木の出荷をメインに、会長が続けてきた「特殊伐採」、未利用材を用いた薪の製造、販売を手掛けています。

私の住む静岡県島田市の大井川流静域は「木都島田」と呼ばれ、昔から林業が盛んです。当社の強みは、急勾配の斜面で高度な技術が必要とされるニッチな現場を幾度も経験することで培ってきた、技術力の高さにあります。例えば、条件の厳しい場所でも樹木を伐り出す道をつけられる技術等を持ち合わせています。そこから先のワイヤーワークも他社には負けない弊社の強みです。

当社の高度な技術は、重機を扱え、木の伐採もできるオールラウンダーの社員に拠るものです。少数精鋭でやれている点も強みです。

父の持つ技術は、特殊伐採という高度な技術で、俗にいう空師(そらし)、近頃はアーボリストとも呼ばれます。神社仏閣や民家の屋敷林など周囲を傷付けたくない狭い場所で、通常の技術では伐採が難しい樹木を伐り運び出すのですが、父はずっと前から、そういう難しい伐採をしてきていました。若手の社員も、伐採の技術は親方にはかなわないと言うくらい、父の技術は会社にとって大きな資産です。

当社の高い技術力を口コミで知ったお客様から、危険な木の伐採の依頼をいただいている有難い状況です。「誰に山を頼みたいか」は、信用がモノを言います。「兵庫さんのところにお願いしたい」と言われる技術と信用を高めていくことが、これからも欠かせないと考えています。森林という大切な財産を、次の世代へと引き継ぐお手伝いができればと思っています。

ご両親、そして社員の皆さんと

兵庫さんの描く、将来の会社像はどのようなものでしょうか。実現に向けて、取り組まれていることがありましたらお聞かせください。

「特殊伐採の技術を受け継ぎながら、森林整備事業を拡大していきたい」、それが現在の目標です。先日、若手社員と会社の方向性について意見交換する機会があり、事業量やスケジュールが明確になってきている実感が持てました。若手社員の「こうやっていきたい」の意見に対して「私が出来ることは何か」ということを常に意識しています。
林業は、
労働保険料率の高さが物語るように、危険の伴う仕事なので、社員が安心して働ける場づくりを担っていきたいです。そのための機械投資は、恐れずにしていきたいです。

そして、「林業の魅力を伝えること」、これも、将来に向けて私が担うべき役割の一つです。林業を稼げる仕事にして、ヨーロッパのように林業が子供たちの人気の職種になればいいと願います。

出材風景 静岡森林写真コンクールで入賞しました。

林業の魅力はどのようなところにあるのでしょうか?

打ち寄せる波が各々異なるように、樹木も一本一本が異なります。林業には自然相手だからこその面白さがあり、圧倒的に魅せられるものが存在します。命を張り、積み上げてきた技術で作業をする山林従事者は、本当に勇ましく輝いています。
人の目に触れにくい山の中の仕事を更にオープンにしていくことで、多くの方にもっと知ってほしいです。

今、自然災害が、身近なところですごく増えていますよね。例えば、崖崩れの危険性の高い、“山を背負っている家”は日本の至る所にあって、国としても、危険な放置林の管理をしていこう、適切な森林管理によってインフラ整備に繋げていこうという流れになっています。林業は、人と自然とが共生するうえで大切な役割を担っていて、人の暮らしや命を守るやりがいとすばらしさがあります。
当社も、地元の声に耳を傾け、地元になくてはならない会社であり続けたいと思います。

昨年、「伐採見学・体験ツアー」を実施しました。伐採現場の見学と、伐採体験を行い、昼食を食べながら山の木の実や葉を用いてリース作りをしました。当日は、小さなお子さんから大人の方まで、それぞれ楽しんで頂けて、社員にとっても、自分たちの仕事を知ってもらえて大きな刺激となったようです。このような企画を、継続的に実施していきたいと考えています。

伐採・見学体験ツアーにて

一度離れたからこそわかる地元の魅力。だからこそ、自然から遠ざかってしまっている今の、そして未来の子供たちに、意識して自然の良さを伝えていきたいです。
そして、森林の持つ多面的な可能性に着目し、林業の6次産業化を考えています。異分野とのコラボレーションによって、新しい林業の形を作り上げたいと模索してます。

自分の3人の子供たちには十分構えていないように思いますが、ある時の寄せ書きに、「仕事をしているお母さんかっこいいから応援しているよ」と書いてあり、ウルっときました。思春期真っただ中の子供たちですが、私は子供には家業を継げとは言わず、好きなことをとことんやってほしいと思います。そして最終的にここに来たければ来なさいと…。それが私の子育てです。

背中で見せる生き方ですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

インタビューアー
跡取り娘ドットコム代表 内山統子、パートナー 丸山祥子

執筆・編集
跡取り娘ドットコムパートナー 小松智子

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