跡取り娘インタビュー Vol.8 玉川製菓株式会社 玉川真奈美さん(前半)

駅から離れた場所にも関わらず行列を作る「せんべ味億本舗」という3代続く老舗せんべい店。
日本の就活に疑問を持ち、アメリカへ留学し、破天荒な20代を過ごした「跡取り娘さん」は、帰国後に商社に入社し立派な跡取りとして過ごしています。今回は玉川製菓3代目予定の、玉川真奈美さんに、組織で学んで来た組織改革について伺いました。

玉川製菓株式会社

内山:HPなどを事前に拝見しましたが、改めて玉川さんの会社の事業内容をお伺いしてもよろしいでしょうか。

玉川:創業は私の祖父が始めました。場所も板橋でホットドッグを販売してみたり、釣り堀をやってみたりという感じです。戦後だったので、いろいろとしていたみたいです。
父親も中学ぐらいから手伝っていて、その頃からだんだんとお煎餅に特化していったようです。場所も板橋から清瀬に移りました。
当初はお煎餅の卸をずっとやっていたそうです。その頃だと商店街も活性化していて、卸ですごく好調だったそうです。でも今から数十年前、父親が30歳ぐらいの時に、コンビニやスーパーが出店してきて、ビジネスの先見がある父が卸だけではだめだと思ったようです。

小林:卸として納めている先が衰退していくと思ったということでしょうか。卸のビジネスが成り立たなくなるというか。

玉川:そうです。それで清瀬の直営販売を始めたそうです。
その通りになり、今では商店街のお菓子屋さんの多くがシャッターを降ろしてしまいました。直営店の方も、30年前にオープンした当初は売上ゼロの日が続いたそうです。
当時は駅前でお煎餅を配ってみたり、あの手この手をつくして、ようやく軌道に乗るようになりました。テレビに出させてもらうほどの、行列店になりました。

小林:今は2つの店舗でも店頭での直売とオンラインでの販売をされているようですが、卸はもうやっていないのですか?

玉川:いいえ。卸も実は結構需要があります。口コミであそこのお煎餅は美味しいと広がっているようで、地元のスーパーなどに置かせてもらっています。
スーパーやコンビニでも、時代の流れ的に地元に根付いた、ユニークな商品を置きたいというコンセプトがあるようですね。例えば清瀬の西友さんは今年の4月から卸売りを始めました。先方からお店の中で何か売れるもの、打ち出せるものをと思って探していたようです。スーパーは名店街というのがあって、有名店のギフトを並べているコーナーがありますが、そこに地元に根付いた商品を置きたいということから、清瀬で老舗の味億さんのお煎餅を置いてもらえませんかという依頼がありました。あとはローソンスリーエフさんからも同じような理由で卸売りの依頼が来ました。

内山:最近市場の変化もあって、商品を変えたり、打ち出し方を変えたものはありますか?

玉川:やっぱり私の父の時代は、高度経済成長期で、売ってどんどん会社を大きくしていくという時代でした。味億というブランドより、とりあえず売り上げを上げることが最優先。宣伝の仕方も、無差別にチラシを折り込み広告等でばらまくという手法を行い、特定の消費者ではなくて、認知度をあげるための広告をしてきました。
それから口コミでも広げてもらって、今ではブランドの価値もあがり、今の清瀬本店にいらっしゃるお客様は9割方リピーターの方になりました。もう新規の顧客開拓ではなく、今来ているお客様を大事にしようと社長と話しています。
手始めに折り込みは部数を減らして、その経費を削減できた分、来てくれたお客様に試食とかをお出しして、来てくれたお客様がうちで楽しい経験をしてもらう事で、お店の価値を高めようと方針を変えて行こうと考えてます。

小林:来ていただいたお客様が満足いただければそこからの口コミもあるし、来た時に買っていただけるから客単価もあがりそうですね。

玉川:そうですね。一番信頼性が高い宣伝って口コミじゃないですか。今うちはご来店いただいたお客様が店内で自由におせんべいの試食をして、無料の飲み物をもらって、お煎餅もおいしくて、接客も良くて。それで家に帰って、その楽しかった経験を友達等に話してくれる。その話を聞いたからとか、もらったからとかで別のお客様が来てくれるという感じになってきています。それとこれも社長の力なのですが、うちのお煎餅は全部おいしいのです。高いけど、買ったら普通という感じではなく、うちは本当に全部おいしいです。

うちの社長はお煎餅以外の食べ物はすごく無頓着なのですが、お煎餅に関してだけは厳しいです。お煎餅はシンプルなので、ずっと食べ続けてもらわなければいけません。だから本当においしいものを選ばないとお客様は飽きちゃうし、売れなくなってしまうんです。

小林:売るお煎餅はどのように選ぶのですか?

玉川:それが、わからないのです。ずっと食べ続けられるというのが肝みたいですね。夏だけ限定でカレー煎餅を出しているのですがそれも夏しか売りません。口当たりもいいし、ずっと食べ続けられる感じですが、食べていると多分3、4か月で売れなくなると社長は言います。社長が選ぶのは1年食べても毎週食べても飽きないし、おいしいと感じられるものを選びます。

内山:なるほど。それをいつかお嬢様が引き継ぐということでしょうか?

玉川:だから私も不安です。お寿司屋さんの職人でもデータ化をしてやっている時代ですよね。うちもそのようなのでやってほしいです。社長は50年ずっとお煎餅を食べています。
うちって200種類ぐらいお煎餅があるのですが、私はここに来るまでは1個か2個しか食べてなかったんです。それでも行列できるって聞いて、何でお煎餅の行列ができるのか不思議に思っていました。

会社に入って商品を覚えるために一通り食べてみました。そうしたら、どの商品もおいしいのです。お煎餅ってこんなに種類があって、おいしいのかと驚きでした。社長の選ぶ力がすごいと思うところです。直販でも、通販でもやっぱりお煎餅はもらっておいしかったからという電話がほとんどです。

小林:アメリカ留学についてお伺いします。戻ってきてしばらくは商社にお勤めだったのでしょうか?戻ってこようと思ったきっかけはあったのでしょうか?

玉川:アメリカに行ったのも気まぐれだったのです。私は就職氷河期の世代で、大企業でも数名しか採用しない時代でした。私も途中まで就職活動をしましたが、途中で馬鹿らしくなったのです。
あの頃は金髪が流行ってたのに、みんな同じように髪を黒くして、リクルートスーツを着て、内定が欲しいばかりに何で思ってもいないことを言って会社に媚びを売らなければならないのかと思ってしまったのです。だったら自由にいろいろなところに行ける時代なんだし、アメリカに行こうと思って渡米しました。
元々は半年のつもりで行きましたが、気が付いたら5年行っていました。

小林:向こうでは働いていたのでしょうか?

玉川:2年向こうの大学に行って、その後、日経のアパレル系の会社に就職してずっと生産管理をやっていましたが、勤めていたアメリカの日経企業は今でいうブラック企業で、就労ビザを出す代わりに馬車馬のように働けという感じでした。

たしか、その頃って日本だと27歳が転職できるギリギリの年齢だと言われていたのと、5年アメリカにいたら英語はTOEICで満点をとれるほどになっていたので、それがあれば今の労働環境よりもよっぽど恵まれた会社に入れるだろうと思い、帰国を決意し、商社に入りました。
私は日本での社会人経験がなかったので、まずは恰好を社会人らしく、年相応にするところから始まり、新卒から入って研修とかも受けているわけではないので、電話対応もひどかったです。今思えば𠮟られて当然のことなのですが、完全なLAモードでしたね(笑)。でも7年いたらそれなりに日本の社会人らしい形になりました。

今うちの社長にすごくテキパキ仕事できるよねと言われますが、その頃に比べたらそこまでガシガシと仕事をしている感じはあまりありません。きっと、やはり前職の会社は日本を代表する大企業なだけあって、求められる処理能力の基準が高いというか、仕事のレベルが高いのかなと思います。そこで育ったのでそれは良かったです。

内山:組織化されている商社に比べて、今は人材や資源などの不足もあるかと思います。玉川さんが会社に入ってから変えてみたいとか思ったところはありますか?

玉川:いっぱいあります。うちはまだ規模が小さく社員は3人です。私と社長が役員で、正社員は3人、パートさんが50人ぐらい働いています。
小さい会社でずっと父親がワンマンでやってきたので、仕組みが曖昧で手書きで伝票を起こしたりとアナログでした。そのようなところをちょっとずつ変えています。

時代的にも働き方改革ですごく厳しいですよね。有給を絶対取らせろとか。社長はそのような知識に詳しくないので、私がサポートしながら働きやすい環境を整えています。それは前職の頃に培ったものだと思います。前職はすごくホワイト企業でちゃんとしていました。それをお手本にすると生産性もあがるし、モチベーションもあがって社員も喜ぶよと社長に言っています。

小林:具体的には働きやすい環境を作るために何を変えましたか?

玉川:職場環境を整えることから始め、働いてる人がモチベーションが上がるような人事制度や評価制度を整えることに努めています。頑張ってもらったり、会社に利益をもたらしてくれた従業員の方には出来るだけ還元する。お金で還元するだけでなく、福利厚生に反映させたりも考えています。念願だった会社が全額負担での社員旅行もまだ1回しか行けてませんが、実現しました。

小林:なるほどですね。従業員の方が一人ひとりどれだけ頑張っているかと見てあげて、結果を処遇や評価、ボーナスに繋げていくということでしょうか。どれだけ働いても皆同じではなく、働けば働いたほど評価されて、皆が頑張るという方向に持っていったということでしょうか。

玉川:その通りです。あとうちは企業理念がなかったのです。父はとりあえず売り上げてどんどん業績をあげようと走ってきた人です。それはそれで業績もあがって良かったのですが、やっぱり理念がないと、従業員が判断に困ったときに何を基準にしたら良いのかわからなくなってしまいます。

店舗を例に挙げると、お店はどのような方法で、どのようなお店になっていったら良いのか。お客様にどのような気持ちで帰って欲しいかを決めました。時に、臨機応変にお客様対応しなければいけない時ってあると思うのです。ルールはこれだけど、常連のお客様がこのように言ってきてとか。そのような時は理念とか、進む方向が明らかになっていないと、接客対応に困ってしまい社員に連絡がきてしまいますよね。お店に理念を教えておいて進む方向を示してあげることで会社が望ましいと思う判断をしてもらい、無駄な業務を省くことができます。

小林:どのような企業理念になったのでしょうか?

玉川;お店に関しては来てくださったお客様に後悔させないようにする。会社としては出た利益は必ず社員に還元して、働く社員が幸せになるということです。そしてそこで出た利益をどのように使っているかを社員が分からないと働く方もこれだけ働いているのに給料が上がらないと不満になってきてしまうのです。経費削減しているのに何の意味があるのかとなってしまいます。だから私はそこを見える化したいと思っています。今回これだけ利益が出たから、時給が10円上がりましたよとか、納会で毎年景品を出していますが、そこに利益を還元していますよと社員に伝えています。

後半へと続く